エデン


高耶は今、とても不愉快な思いをしていた。
元はと言えば自分が撒いた種ではあるのだが、そうとわかっていても面白くない
もので。
ソファの上で胡座をかいていた高耶は、腕組みしながら盛大なため息をついた。
「……高耶さん。どうしたんですか。そんなにため息なんかついて」
向かい側で、ノートパソコンを覗き込んでいた直江が顔を上げた。
わかっているくせに、素知らぬ顔をする直江にまた頭にきて、高耶はギッと睨み
付けた。それにやれやれ、と眉を下げると、
「高耶さん…。仕方ないでしょう」
こちらもため息をつきながら言うと、高耶は唇を突き出した。
「んでだよ。もう治ったって言ってるだろ」
「駄目です。昨日まで咳をしていたじゃないですか。無理は禁物です」
「だーかーら。もう治ったって…」
「あなたの言葉は信用出来ません」
ピシャリと言われて、むむ…と唇を噛み締める高耶。正論だけに言い返せない。
(んだよ、直江の頭でっかち! いつからそんなに物わかりがよくなったんだよッ)
直江はそんな高耶をどこか余裕な顔で見ている。相手を言い負かすのは、この男
にとってはお手の物だった。
「くそー、直江め」と思いつつ、結局はその直江に頼るしかないのだ。悔しくて
たまらない。
「わーったよ。……んじゃ、もう寝る」
「え?」
その言葉に慌てたのは直江だ。書斎ではなく、ここリビングで仕事をしているの
は高耶がいるからなのだ。それなのに高耶に出て行かれては、ここにいる意味が
ない。というより、高耶の顔をまだ見ていたいのだ。熱に苦しむ高耶ではなく、
元気な高耶の顔を―――。
「高耶さん、まだ21時になったばかりじゃないですか。寝るにはまだ早いんじゃ
ないですか?」
特に勝算があった訳ではないのだが、ノッてきた直江に高耶はほくそ笑んだ。
「だーって、する事ないしぃ。病み上がりだしぃ」
チロ、と横目で見ると、直江が言葉に詰まっていた。それもそうだろう。正論を
逆手に取られたのだから。無理はするなと言った手前、強く引き留める事が出来
ない。
「しかし、こんな時間から寝るだなんて……」
「ん? 無理は禁物なんだろ?」
……ぐぐ。
今度は直江が唇を噛み締める番だった。
(まったくなんて小悪魔なんだ、高耶さんは。あなたの身を思って言っているの
に、俺の気も知らないで)
思わず恨めしそうに高耶を見ると、視線の先で高耶がニヤニヤしている。
ふぅ、と大きく息を吐いた。
「わかりました。降参です。それでは先にシャワーを浴びていらっしゃい」
「直江っ」
「……全くあなたという人は、困った人ですね」
そう言った直江は、本当に困ったように笑ってみせた。

高耶が風邪をひいて熱を出したのは、3日前の事だった。
帰ってくるなり「寒い」と訴えてきた高耶は、それからすぐに発熱した。聞けば
朝から喉が痛かったらしい。風邪のひき始めに外出した事によって、悪化させて
しまったらしかった。
なんですぐに言わないんですか、と怒ったところで取り返しがつく訳もなく、だるそう
な高耶の世話をせっせと焼いたところ翌日には平熱に戻った。しばらくはケホケホ
と咳を繰り返していた高耶だったが、その咳も今日になってようやく出なくなった
ところだった。
高耶が嬉しくも、困った事を言い出した。
「なおえ。……なぁ、しねぇ?」
「は?」
直江は一瞬耳を疑った。高耶は今、なんと……?
「すみません高耶さん。今、よく聞こえなかったのですが……」
キーボードのキーを打つ手を止めて、肩にのっかかっていた高耶を振り返ると、
高耶は赤くなりながらボソッと言った。
「だ、だから。……ックス、しよう」
言ったとたん耳まで赤くした高耶に可愛いと思ってしまった直江だったが、言葉
の意味を理解するにつれて困った顔になった。
「高耶さん。お誘いは嬉しいのですが、あなたはまだ……」
「!」
よもやこの男に断られるとは思っていなかった高耶は、少なからずショックを受
けた。普段は恥ずかしくて絶対口にしない事まで言ったのに、なんで断る。
羞恥から憤った高耶は、向かい側のソファに移動するとそこに胡座をかいた。
『怒ったぞ』スタイルで男を睨みつけていたのだが、そのぐらいでは動じないの
が直江だった。
「そんな顔しても駄目なものは駄目です。体力が低下しているのだから、安静に
してないと」
「平気だって! もう元気になった」
「駄目です」
よもやこんな珍しいやり取りがあっただろうか。
つまるところ、「珍しく積極的な高耶に対し、直江が大人の理性で断っている」
のだ。
自分でなんか変だな、と思いつつ、高耶の意見を受け入れる訳にはいかない。高
耶はわかっていないのだ。事の重大さが。熱を出した本人より、看病した側がど
れだけ心配したかということを。風邪とはいえど、熱に苦しむ高耶を目の前で見て
きたのだ。いつも傲岸なくらいの目に力はなく、吐く息も熱い。咳もすればくしゃみ
もする。なにより、枯れてしわがれた声が切なかった。早く元気になってほしい、
と祈りに似た思いで看病してきたというのに。まだ完全でないうちから、そのような
事を言ってくるとは。もちろん、直江だとて高耶は欲しい。けれど、高耶の身を思え
ばこそ、なのだ。ぶり返しでもしたら元も子もないじゃないか。
―――なんて固く思っていたのだが、やっぱりというか、そうでなくちゃおかしいと
いうか。
最終的に直江が折れる事によってその幕は閉じた(←早いよ)。
だいたい直江の理性なんて、たかが知れているというもの。自分でわかっている
だけに苦笑を禁じ得ない。しかも、高耶からのお誘いなんて、この先いつ訪れる
かわからないのだ。
「ん…っ。なに、笑ってんだよ」
首筋を吸われた高耶が喉をあおのかせた。
「こちらの事です」
「そういうのって、なんかやらしーぞ、お前」
自分達がしている行為を棚に上げる高耶にまた苦笑して、手を滑らせると高耶が
小さく声を上げた。
「ん……っ」
「それより集中して。これが欲しかったんでしょう」
耳元で囁くと、高耶がカッと全身を染めた。
体調を崩していた3日間に加え、それ以前も試験勉強の為に禁欲生活を送ってい
たのだ。久しぶりの情事に興奮せずにいられない。
「なおえ……」
瞳が熱く潤んでる。期待にわななく唇を塞ぎ、下肢に手を伸ばした。
「んっ……、ンンッ」
逃げを打つ体を押さえ、持ち上げてなぞり上げる。
男の手の中で徐々に熱くなるそれをもて余し、高耶は直江の背に縋り付いた。
「高耶さん…」
「な…おえ」
と、高耶が体を起こそうとしたのに気がついて手の動きを止めた。
「どうしたの?」
「……」
高耶は何も言わず直江を押し倒すと、その上に覆い被さった。ぽかんとする直江
を後目に態勢を入れ替える。まさかと思った時には、高耶の顔はそこに埋められ
ていた。
「たか……っ」
驚いた事に、高耶は直江に全てを晒した状態で、直江の高ぶりを銜えていた。
高耶が恥ずかしがるから、滅多にしない。互いのものを同時に愛撫する行為にクラ
クラした。そんなに高耶は俺の事が欲しかったのか。そう思うだけで、高耶の口
の中のものが大きくなる。とたん、苦しそうな声を上げる高耶に、直江は焦った。
「高耶さん、無理しなくていいんですよ」
高耶は直江の体を跨いだ状態だ。
なにもかも、直江の目の前に晒している。そんな目の前の光景に耐えながら言う
と、高耶は唾液で濡れた唇でこう返した。
「無理なんかじゃない。おまえが……欲しい」
「……!」
その瞬間、直江を抑えていたものが全て吹き飛んだ。気がついたら目の前にある
臀部を割り開き、そこに愛撫をくわえている自分がいた。舌で舐めるととても感じ
るらしく、高耶はビクビクと体を揺らしている。更に、前に伸ばした手でソコをいじる
と蕾がヒクヒクと収縮した。そんな反応にも興奮して、滴るほど唾液を塗り込める
と、感じすぎた高耶の前が泣き出した。
「あ、…ぁん……。や…ぁ……」
直江の男を銜えたまま、細い腰を揺らす高耶はとても淫靡だった。我慢ならなく
て、前のものを引き寄せて銜えると、嬌声が高くなった。それは決して女のように
高くはないが、直江を虜にするには十分だった。
直江は夢中で舌を這わせた。玩具に夢中になる子供のように。性急な愛撫に高耶
は体を捻って嫌がったが、止めることなんか出来ない。袋を三指で揉み込みなが
ら、強く吸引してやった。とたんに発射される精液。直江は迷わずそれを飲み干
すと、達したぱかりでピクピク痙攣しているソコから口を離した。
高耶は崩れるように、直江の腹の上に突っ伏した。荒い息を吐きながら、そこかしこ
から涙を流している。もう耐えられなかった。
直江は高耶の体を仰向かせると、高く足を持ち上げて一気に繋がった。高耶の内
は少しキツかったけれど、こする度に悶える高耶が可愛くて、すぐに見境がなく
なった。
「あ、んッ! ああ……っ」
「高耶さん…。イイ?」
ガクガクと揺さぶると、高耶は流されまいとするかのようにシーツにしがみつい
た。けれどその手はすぐに外され、自分の股間へと伸ばされる。入れられた事に
より、興奮したのだろう。促してもいないのに、自分でソコをこすり始めた。
「ハ……! あぁ…ンッ…」
「そう。もっと、擦って。絞り出して。俺を感じてイッて」
「ヒっ、……う…、……あ、ぁ」
「もっと、もっと……! そんなんじゃ、足りないでしょ。一人でする時みたいに淫ら
にやって」
尖った顎に舌を這わせると、ビクビクと体を震わせながら手の中のものを握った。
「アッ…! ……んんっ…」
「高耶、さん……。我慢していたのは、私も…同じなんですよ…。高耶さん……、
たかや、さん…」
熱い楔をグッと突き入れたとたん、高耶の体が大きく仰け反った。その体に全てを
絞り入れるかのように、直江は自分を解放した。
高耶への想いのたけが溢れて……隙間から、こぼれ落ちた。



「……耶さん、高耶さん」
ぴたぴた、と顔を何回か叩くと、高耶がようやく目を開いた。
まだ余韻が残っているのか、瞳を潤ませたままぼうっとしている。
「ん…。オレ……」
「気がつきましたか。……やはりまだ早かったのでは」
病み上がりだというのを忘れて、つい暴走してしまった。それを言外に詫びる直江
に、高耶はふわりと笑った。
「バーカ。そんなんじゃねーよ。今日は―――イロイロやったから、疲れただけ」
高耶の言うイロイロを思い起こして、直江はくすりと笑った。
「……そうですね」
「…なおえ?」
首筋に顔を埋めてきた直江に、高耶は小さく問いかけた。
「―――あなたの、匂いだ」
そう呟き、静かになってしまった直江に、高耶は優しい眼差しを向けた。
高耶があれほど欲しがったぐらいだ。きっと直江はもっともっと欲しがっていた
に違いない。それをおくびにも出さず、高耶の事を第一に考えてくれた直江がとて
も愛しいと思った。
(ありがとな、直江)
「直江。…好きだよ」
髪を弄る高耶の指を心地よく感じながら、直江は至福のなか目を閉じた。
そんな直江を、高耶はいつまでも抱きしめていた。
二人だけの、楽園で。




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