一秒よりも近くにいて


「ふぅ〜。やっぱ東京はあち〜なぁ」
改札口を出た高耶は、額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
7月ももう下旬である。連日のごとく続く真夏日に、街行く人々の顔には疲れが
見え始めていた。かくいう高耶も例外ではなく、更に松本帰りとあっては、この
東京は砂漠地帯に等しかった。
そもそも電車の中にいる時から暑かったのだ。いくらクーラーが入っているとは
いえ相変わらずの混みようで、拭っても拭っても汗が浮かんでくる。クーラーを
入れるより、窓を開けた方が風が入って涼しいのではないか、と思ったぐらいだ。
いい加減乗っているのに苦痛を感じ始めた頃、やっと目的地に着いたのだが、
電車から降りた高耶を待っていたのは、今まで以上の苦難だった。
「ったく、何度あるってぇんだよッ。もう、溶けそう〜」
汗をかいた肌が気持ち悪い。薄手のTシャツが肌にピッタリくっついている。早く
直江の待つマンションに戻って、冷たいシャワーを浴びたい。その時の爽快感
を思い浮かべながら、高耶は気力をふり絞って足を繰り出した。その時だった。
(ん?)
不審に思って高耶は立ち止まった。視線の先にやけに見慣れた車がある。
「……まさかな」
まだ17時前だ。この時間にその車がここにあるのは、おかしい事だった。
今日戻る事は直江に話しておいた高耶だが、時間までは知らせていない。
何故なら到着時間を教えてしまうと、仕事を放りだして迎えにくる恐れがあった
からだ。さすがにそれはマズイだろうという事で、こっそり帰る事に決めたのだ
が…。
(なーんか、嫌な予感がすんだよな…)
高耶の嫌な予感は、こういう事に関してはよく当たる。確かめるのが怖いので、
側は通らないようにしよう、とわざと車から離れた所に足を向けた。触らぬ神に
祟りなし。ちょっと違うような気もするが、とにかく高耶は車がある方の反対側を
歩き出した。―――が。
数歩も行かないうちに、高耶は後ろからガシッと腕を掴まれた。
(あぁ……)
確信めいたものを感じて、高耶は思わずガクッと肩を落とした。
「……何で、お前がいんだよ」
振り返らないまま絞るように問いかけると、高耶の腕を掴んだ男は反対に聞き返
して来た。
「あなたこそ、何故そちらに行くんです? 私の車があるのはわかったでしょうに」
聞きなれた深いバリトンの声。決して嫌味には聞こえない、丁寧な言葉遣い。
まちがいなく奴だった。
マンションに早く行きたいと思っていた高耶だったが、当の本人の出迎えには
脱力を覚える。
(なんで、いんだよー)
高耶は顔を引きつらせると、吐き捨てるように言った。
「……認めたくなかったんだよッ」
ああ、もうっ! と何やら一人で憤慨している高耶に直江は首を傾げると、
「とにかく車に乗ってください。こんな所にいたら倒れてしまいますよ」




「はぁ〜、一息ついた……」
手に持った缶コーラを、一気に流し込んだ高耶は盛大なため息をついた。
あれから、結局直江の助手席に収まった高耶だった。自分の足でマンション
まで帰省する訳だったのだが、直江が迎えに来ていた事により予定が狂って
しまった。最初は「何でここにいんだよ」とがなり立てた高耶だったが、来て
しまったものは仕方ない。それに正直言うと、ありがたくもあったのだ。何しろ、
外は炎暑どころか酷暑である。もうすぐ陽も暮れるというのに、気温は一向に
下がらない。
駅からマンションまでの距離は大したものではなかったが、サウナ並の満員
電車でかなり体力を消耗していた高耶は、出来る事ならもう一歩も歩きたく
なかったのだ。
「落ち着きましたか? 高耶さん」
あきらかにホッとした表情を見せた高耶に、直江は微笑んだ。それが何だか、
自分の気持ちを身透かされているように思えて、高耶はバツが悪そうな顔をした。
「まぁな。車ん中は涼しいし、とにかく助かったぜ」
「それは良かった。それでこそ迎えに来た甲斐があるというものですよ」
役に立てた事が嬉しいのだろう。上機嫌な直江に高耶はチラと視線をやると、
「…それなんだけどな、直江」
「はい?」
「お前、マジで何であそこにいたんだ?」
さっきも言ったように、高耶は直江に帰る時間を知らせていない。なので、なぜ
あの時間に直江がいたのかがわからないのだ。まさか今日帰るというのを聞い
て一日中待っていた、なんて事ぁないだろうな、と思ってその考えの怖さにゾッ
とした。
一人であーでもない、こーでもないと想像して百面相をしていると、直江はその
顔に優しい笑みを浮かべた。
「高耶さんは本当に幸せ者ですねぇ。優しい妹さんがいて」
(……えっ!?)
「って、もしかして美弥ぁ!?」
そんなの、寝耳に水である。
当然、美弥からは何も聞いていない。と、いうよりいつの間に二人は結託を取っ
たのだろうか。それすら知らなかった。
すっとんきょうな声を上げながら運転席の方に身を乗りだすと、丁寧にハンドル
を切っていた直江がニッコリと微笑んだ。それは、肯定を意味していた。
「…んだよ〜、美弥のやつ。余計な事しやがって」
座りなおして憮然と呟くと、それを聞いた直江がなだめるように言った。
「美弥さんを責めてはいけませんよ、高耶さん。私が頼んでおいたのですから」
「お前がっ?」
「はい。あなたの事だから、出発する前に連絡を下さらないと思いまして」
「……」
ニコッと微笑んだ直江の顔が凶悪に見えるのは、気のせいだろうか。高耶は
見なかった事にして、窓から見える景色に目をやった。
(それにしても、なんなんだよー、直江も美弥も。オレの事ガキ扱いしやがって)
気遣ってくれるのは嬉しいが、保護を受けるのは御面だ。美弥はオレの方が
守る立場にあるものであり、直江に至っても守ってもらうつもりは全く無い。オレ
はそんなに弱くもなければガキでもない。それに、甘やかされてばかりいたら、
それこそ弱くなっちまうじゃねーか。
そんなのは嫌だった。弱くなったオレは、オレじゃない。直江に愛してもらう価値
もなければ、直江を愛する資格も無い…と思う。
だから、もっと放っておいてくれていいのに……。
流れゆく街路樹を見ながら高耶が一人物思いに耽っていると、しばらくして車は
緩やかに停車した。
「直江?」
いつの間にか車の前に和風の建物がある。何で? という顔をすると、直江は
笑いながらエンジンを止めた。
「とにかく腹ごしらえをしましょう」


                           


割烹料理はなかなか好評だったようだ。夏バテ気味らしかった高耶だったが、
育ち盛りらしく出された料理は全部食べた。更にアルコールも摂取して、食事
が終わる頃にはすっかりご機嫌になっていた。
車に戻ってシートにもたれた高耶は、眠そうにしていた。満腹になったという事
もあるだろうが、松本に戻っていた一週間の事を話し尽して疲れたのだろう。
それに、カーオーディオから流れるクラッシックが、ひどく気持ちをリラックスさせ
た。
直江はマンションへと車を走らせていた。料亭で長居したせいか、辺りは既に
暗闇に閉ざされていた。
車の振動に合わせて、高耶の細い肩が揺れる。それを肩ごしに見ながら、直江
はひどく優しい気持ちになっている自分に気がついた。
高耶が実家に戻っていたのは、たったの一週間だ。それでも最初の予定では
2,3日の帰省だったのだが、お兄ちゃん子の妹に熱心に引きとめられてその
まま一週間。一週間というのは家族側から見れば短い期間だが、直江にとって
はそこそこ長い。もともと、2,3日と聞いていたところの思わぬ延長なだけに、
気分的に長く離れていたような気がする。
わがままだろうか。
たった一週間でも、自分の傍を離れないで欲しいと思うのは。
高耶が会っていたのは、直江を脅かす存在では決してない。高耶の他ならぬ
家族なのだ。高耶を取られる心配もなければ、間違いも決してない。それなの
に嫉妬を覚えてしまうのは、
(救いようのない、俺の独占欲……)
ふいに、直江は高耶に触れたい衝動にかられた。思えば、再会してからという
ものまだまともに高耶に触れていない。この暑さだ。高耶もあまり近寄ろうとし
なかったし、再会してからそのまま料亭に直進してしまったので今まで機会が
なかったのだ。
マンションまでの距離は、もうほんの僅かだ。直江はどうしようかと迷ったが、
結局車を空き地に止めた。


                           


体の中心に感じる、身に覚えのある感触に高耶は小さな声を上げた。
なんかこう舌でねぶられるような、くすぐったくて、けれど気持ちいい感覚に高耶
の足がピクと引きつった。
浅い眠りの中、さざなみのように押し寄せてくる快感に眉を寄せていると、その
感触は唐突に消え去った。
(……?)
ぼんやりと開いた瞳に映っていたのは、黒い大きな影。車道から射し込んできた
ヘッドライトに浮かんだ顔は、高耶のよく知っている人物だった。
「…なおえ?」
「目が覚めましたか、高耶さん」
にっこり微笑まれて、あぁ、と肯いた高耶だったが、いつもと違う視点に首を傾げ
る。
「あ、れ…。オレ……」
何で天井が見えるんだ? 
それに直江が見える位置もおかしい。運転席にいるはずの直江が、なんで腹の
辺りに見えるんだろう。不思議に思ってゆっくりと首を巡らせた高耶は、次の瞬間
驚きに目を大きくした。
「な、ななな……ッ!」
ガバッと体を起こそうとした高耶は、ジーンズが足に絡まっている事に気が付
いた。
「直江っ!!」
憤怒も露わに怒鳴る高耶に、直江は涼しい顔。ジーンズを引き上げようとする
高耶の腕を掴むと、
「高耶さん、その状態ではキツイでしょう? 最後までやってあげますよ」
「…って、こ、このバカッ!! おまっ…、なにやってんだよっ! こんなトコで!」
高耶が怒るのも無理はない。いつの間にか高耶のシートは最大に倒されており、
その高耶の上に直江が運転席から身を乗りだしていたのだ。それに、申し訳程度
に引き下げられズボンの上には、既に半勃ちしていたものが覗いている。確かめ
るまでもない。さきほど感じていた生温かい感触は、直江の舌だったのだ。しかも、
高耶が眠っている間にすっかりソコを玩具にされていたらしい。
こんな所でという思いと、寝ている間になんて、と男の節操なさにふつふつと怒り
がこみあげてくる。しかも今気がついたのだが、ご丁寧に結界まで張ってあるでは
ないか。そりゃ、結界無しよりはまだマシかもしれないが、だからといって、結界を
張ってまでコトに及ぼうとするコイツの神経はどうなっているのだろうか。
高耶は男の言葉を無視して衣服を直そうとしたが、……確かに履ける状態では
なかった。
屈辱と羞恥に唇を噛みしめていると、それに気づいた直江がくすっと笑った。
「だから言ったでしょう? あとは私に任せて。ちゃんとしてあげるから」
「! ざけんじゃねー! テメェのせいだろーがッ!!」
牙を剥いた高耶だったが、直江には効果がない。
「えぇ。ですから責任を取らせて下さいと言っているじゃないですか」
「……」
(コイツ…。ハナからそのつもりだったな)
最初に高耶の一番弱い所を攻めて、そのまま墜とす戦法だったのだろう。確か
にこの状態では、直江の言うようにしてもらった方が適切と言えた。
直江は余裕しゃくしゃくだ。全く悪びれないその様子には、さすがの高耶も感心
する。
高耶はシートに横たわったまま、逡巡した。無理をすればジーンズは履けない
事はない。しかし、高まったまま歩くのはかなり辛いだろうし、無様に転んだり
したら目も当てられない。それに多分、顔も紅潮しているのだろう。こんな顔、
誰かに見られたりでもしたら……。
「―――直江」
「はい」
「……後で、覚えとけよ」
意趣返しにギッと睨みつけてやったのだが、直江には逆効果だったようだ。
直江は嬉しそうに口元を弛めると、天井に気を付けながら高耶の足元に移動
した。
「!? なっ、なんでわざわざこっち来んだよ。狭いだろーが」
「この方がやりやすいんですよ。……それに、」
直江はいったん言葉を切ると、思わせぶりに微笑んだ。
「最後まで出来ますし」
「……ま、まさかと思うけど、こんなトコで入れたりしねーよな?」
顔をこわばらせた高耶に、直江は微笑むばかり。あんぐりと口を開けた高耶の
足から素早く衣服を取り去ると、高耶の制止の言葉も聞かず足を折り曲げた。
「バ、バ、バカッ! やっぱいいッ! やんなくていい。このままもう帰るっ」
「もう遅い。後戻りは出来ない」
言いざま、露わにされた蕾を舐められ、高耶はヒャッと声を上げた。狭い車内の
せいで中途半端にしか開けない足が、羞恥を増大させる。しかも素早い動きで
シートベルトを締められてしまった。その上から直江が覆い被さっているので、
いつも以上に動きが制限されてしまう。
結界を張っているとはいえ、こんな外から丸見えな車の中でされてしまうなんて。
そう思っただけで、高耶は一気に上りつめた。もともと眠っている間に、足の間
にあるものを愛されていたのだ。それに加え、いつもと違うシチュエーションが
興奮を煽る。少し入り口を愛撫されただけなのに、高耶の前は大きく反りかえっ
た。
「なおえぇーっ! や、だって……! ア、あぁ―――…」
「嫌だ、じゃない。こんなに喜んでいるくせに。ふふ、あなたのここは、上の口と
違って素直で可愛いですね」
「ここ」に指を入れられて、高耶が体を大きく揺らした。そのまま中を探るように
動かされて、高耶の内股が引きつった。
「あ、ぁ…んっ。なお……っ! やめ、…ろって……」
「今やめたら辛いのはあなたですよ。いいからもう黙って」
直江はぐるりと指を回してから、そこから指を引きぬいた。銜えるものを失って
ヒクつく秘孔が、時折照射されるヘッドライトの灯りで浮かび上がる。それに劣情
を煽られた直江は自身を取りだすと、高耶の狭い入り口に押し入った。
「ヒッ……! ば、か…! いきなり……っ!!」
まだ充分に潤っていない。故に、入ってくる肉棒をやけにリアルに感じてしまう。
「んっ…、ンンッ……、あ……ッ」
「……ッ。あぁ、高耶さん、…すごい締め付けですね…。あなたも欲しかったの?」
「ああ……っ、ん、ぁ…」
「恥ずかしい? こんな所で犯されて。羞恥にもだえるあなたは、とても美しいです
よ。今すぐ結界を解いてみんなに見せびらかせたいぐらいだ」
「バ……カッ! そんな事したら、ぶっ…殺す!!」
黒曜石の瞳が、持ち主の意思を表すかのように暗闇でキラリと光った。その美し
さに息を呑んだ直江は、溢れる感情のままグッと腰を進めた。
高耶の白い喉が綺麗にのけぞった。
イイ所を穿たれた高耶はビクンと大きく体を揺らした後、直江の腹に勢いよく熱を
解放させた。
「あ! あぁーー……っ」
ギュウと絞られて、直江も息を詰める。蜜を捻出するかのような、襞の動きに直江
もブルリと体を震わせると、高耶の奥底に熱いものを発射した。




「あしたは…、立てない、かも。オレ……」
うつらうつらとしながら、高耶が掠れた声を発した。
直江の腕の中で、熱いものに貫かれたまま高耶は眠りの淵を漂っていた。
体の奥に感じる圧迫感は、慣れた高耶には心地よいものになりつつあった。
そのままフッと意識が飛びそうになるのに、直江は優しく髪を梳く事で先を促した。
まどろんでいる高耶はとても気持ちよさそうで、見ていて飽きない。このまま眠ら
せてあげたいと思う。
「その時は私が責任をもってお世話をしますよ。だから、もう眠って……」
僅かに開いた瞳の奥に、直江への強い信頼と愛情が見え隠れした。
高耶は口元に笑みを浮かべると、そのまま夢の中へと旅立った。



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