なんとなく幸せ−番外編−


「なおぇ……」
透明な糸を引きながら唇を離すと、高耶が秘めやかな言葉を囁くように自分の名前を呼
んだ。アルコールのせいでもともと潤んでいた黒い瞳が、激しい口づけによってますます
艶を帯びたようだ。
「高耶さん…」
直江は逸る気持ちを必死に抑えると、高耶の衣服を全て脱がせて自分も全裸になった。
明かりを消してベッドに横たわる。いつもは高耶が下になるのだが、今日は違った。
直江が導くよりも早くに、高耶が直江を押し倒したからだ。目を瞠る直江の上に、高耶
が覆い被さった。
「……せてくれ」
「え…!?」
よく聞こえなくて問い返したのだが、高耶はそれを無視すると、直江の下腹に顔を寄せ
てきた。内股の辺りに、高耶の熱を帯びた息がかかる。それだけでたまらなくなって、
直江は、クッと眉を寄せた。
「たかや、さん…」
高耶がそこを見ている、そう思うだけで直江は興奮した。しかもそれは、直江が望んだ
ものでもなければ強制でもない。高耶が自分の意思で行動している、その事実が直江
の動悸を速めた。
まだ一度も触れていないのに、直江のそこが緩く勃ち上がり始める。そんな直江を見て
いた高耶は薄い笑みを口元に掃くと、大きくなり始めた直江のものを口に含んだ。
「…ッ!」
高耶の舌遣いは絶妙だった。これみよがしに伸ばした赤い舌を、まるで生き物のように
這わせる高耶。それは、直江がいつも彼にしている行為と全く同じものだった。
多分高耶は、いつも直江にされている事を無意識の内に記憶に留めていたのだろう。
的を得た高耶の愛撫は、あっという間に直江を高まらせた。
「高耶、さんっ!」
直江の低い呻き声と共に、そこは爆発した。高耶の口腔に温かいものが勢いよく流れ
込んでくる。高耶はそれを余すところなく飲み干すと、濡れた唇のまま直江を上目遣い
に見た。高耶の唇の端から伝い落ちる、白いものに目が釘付けになる。そんな直江に
高耶はふわりと笑うと、力を失った直江のものにまた唇を寄せてきた。
「た、高耶さん!? どうしたんですかっ、一体!? 今日のあなた、おかしいですよっ」
ここまで来て漸く異変を感じとった直江だ。こんな事、常の高耶からは考えられない。
股間に埋めた高耶の顔を無理矢理上げさせると、焦点の合わない瞳が力無く直江を見
た。最初は酔った勢いで、と思っていた直江だったが、よく見てみるとどうも違うようだ。
ピン、ときた直江は高耶の目の奥を覗き込んでみた。そしてその瞳の奥に、ある色を認
めると息を飲んだのだった。
(これはもしかしなくても……)
暗示をかけられている!?
高耶の嬉しい行動の数々に、不覚にも今の今まで見抜けなかった直江だ。と、いうより
折角の高耶からの行動だったので、敢えて見ないフリをしたとも言えるのだが……。
も、もとい…っ。
心当たりは、……ある。こういう事をするのは、
(長秀か…?)
きっと、面白半分に高耶をおもちゃにしたのだろう。
(全く、あいつは景虎様をなんだと思っている。上杉夜叉衆の総大将だぞッ)
全く困った奴だ、と、そこまで考えてふと思った。
(それにしても……、長秀の奴、いったい高耶さんに何の暗示をかけたんだ? この人
がこんなにも積極的になるとは…)
直江にとっては喜ばしいことなのだが、だからといってこのままでいいはずがない。
高耶がふだん嫌がってしない事を、暗示とはいえさせてしまってもいいのだろうか?
いや、良くない。高耶の気持ちを尊重するのが第一だ。直江が欲しいのは、体ではなく
高耶の心なのだから。
さすがの直江もそこまでは落ちぶれてなかった。
一瞬の逡巡後、直江は高耶の暗示を解くことにした。半身を起こして虚ろな高耶の瞳
を深く覗き込み、暗示を解くべく神経を集中させる。
―――と、その時!
ペロッ。
「……ッ!!」
いきなり高耶が直江の唇を舐めた。
不意打ちもいいとろだ。直江は飛び上がんばかりに驚いて、とっさに顔を離した。
ドキドキとガラにもなく心臓を爆走させながら見ると、高耶が媚びるような瞳を直江に
向けている!
「た、た、高耶さんッ!!」
うろたえる直江の前に、唇を薄く開いた高耶の顔が近づいてくる。
直江は、理性の壁がガラガラと音を立てて崩れていくのを遠くに聞いた。
(あぁぁー、もうっ、駄目だッ!!)
「ゆ、許して下さいッ、高耶さんっ!! やはりあなたが欲しいッ!!」
直江は高耶を押し倒すと、その顎を捉えて口腔を激しく貪った。


                           


「……で、こうなったってワケ?」
高耶は軽蔑の目を、下から思い切り直江に向けた。睨まれたカエル、もとい直江は、口
の端を引きつらせながら返事をした。
「……はい」
「ふうぅぅんっ」
高耶のあからさまな侮蔑に、直江は小さくなった。

―――あれから数分後。
直江の体は、高耶の大きく広げられた足の間に収まっていた。しかもその中央にあるも
のは、高耶の中に深々と突き刺さっている。
意識が朦朧としている高耶を前に、我慢が出来なくなった直江は、結局暗示を解かない
まま高耶を犯した。入れてしばらくの間は、甘い声を上げてよがっていた高耶だったが、
直江が感じるポイントを幾度も突き上げているうちに、高耶にかけられていた暗示が解
けてしまったらしい。
気がついたら、自分の中にアレが入っていたものだから、驚いたのは高耶だ。しかも制
止を促す前に強く擦られるし、果ては「しろいの」を注入されてしまうし、と最悪もいいとこ
ろだった。
高耶は固定された体勢のまま、直江を激しく睨みつけた。
「た、高耶さんっ、お怒りはごもっともだと思いますが、あなただっていけないんですよッ」
「何でだよっ」
ギロッと睨みつけてくる高耶の眼光の鋭さに一瞬たじろいだが、ここで負けては今後の
(性)生活に支障が出る。直江はグッと腹に力を込めると、
「もとはと言えば、あなたともあろう方が長秀なんかにやすやすと暗示をかけられたのが
悪いんです。それに、暗示をかけられていたとはいえ男を挑発するし」
「な、な……っ。なんだよソレはぁ!!」
「覚えていないんですね。これだからあなたという人は……」
「って、え? えっ?」
男のあまりの言い草に二の句を告げないでいると、調子に乗った直江がこれでもかと
言葉を続けた。。
「全く、私相手だったから良かったものの、他の男にそんな事をしていたらさすがの私も
黙ってはいませんでしたよ。もちろん相手の男もタダでは済ませませんが」
「……ちょ、ちょっと待てよッ! それじゃ、まるでオレが全部悪いみてぇじゃねぇか」
両手に拳を作って抗議する高耶に、直江は頷くと、
「その通りです。わかっているじゃないですか。ではこの話はもう終わりにしましょう。
折角こうしてあなたと抱き合っているのですから、……もっとあなたを感じたい」
「……!」
急に声を甘くして誘ってくる直江に、高耶の背がわなないた。熱が冷めつつあった体に、
再び欲望の炎が灯る。切なげに眉を寄せる高耶に直江はニヤリと笑うと、半勃ちになっ
ていた高耶のものをその大きな手で握りしめた。
「あ、ぁん…!」
「あなたはまだでしたね。待っていて。すぐに気持ちよくさせてあげるから」
「バ、カヤロ…ッ。こんなんで、……誤魔化すんじゃ……、あ、んっ」
直江の甘いバリトンの声を遠くに聞きながら、高耶は快楽の波に浚われるのを感じた。




それから数時間後。
夜が明けるのも待たないで、直江は千秋に電話を入れた。思い切り夢の国の住人だっ
た千秋は、直江からの電話だと知ると、明らかに不機嫌になった。だが、直江から「事
の顛末」を聞いた千秋は、それからというもの、ひたすら馬鹿笑いを繰り返したのだった。
『プッ、ハハハハーッ!! なに? それじゃ景虎の奴、マジでかかってたってぇのかっ?
アッハッハー、バッカな奴! ほんっとトロいよなー、アイツ。あんなのが元総大将かと
思うと、笑っちまうぜー』
「長秀っ! だから、高耶さんに何の暗示をかけたんだッ!」
ゲラゲラと大声で笑いながら、しきりに高耶を馬鹿にする千秋に、直江がしびれを切らして
怒鳴った。最愛の人を馬鹿にする「同僚」に腹が立つものの、直江としては、何の暗示を
高耶にかけたのか是非とも聞いたいところ。苛々しながらも千秋の言葉を待っていた直江
だったが、もう限界だ。いつまで立ってもバカ笑いを繰り返す千秋に、直江のこめかみに
青筋が浮かび上がった。
『んぁ? 実際に効き目が出たんだからわかんだろうがっ』
ケッと興味なさそうに返す千秋に、直江は粘り強く問いかけた。
「積極的になるとか、そういう類のものなのか?」
『積極的にって、………はぁ!? 何言ってんだ、直江。俺がかけたのは奴さんの性格
が可愛くなる(素直になる)ってぇ暗示だぜ? 生意気だからな、あいつ。ここらで実験
して、効き目がありそうだったら今度から使ってやろうかと思ってな。なのに何だよ、積
極的になるとか、ならないとかって……。あ!』
そこまで話して千秋はピンときた。
『……ははぁ。さては景虎の奴、暗示のせいでお前に迫ったってか!?』
「う……」
『なるほど、そういう訳か』
千秋はにやりと笑うと、
『素直になってんじゃん、奴さん。却って良かったじゃね〜か、直江。あぁ? あれからイイ
思いしたんだろ? ……ったく、俺様の誕生日だったってぇのに、何でお前らを幸せにし
てやらにぁならないんだか。……おい、直江。今度おフランス料理でも奢れよ。そのぐら
い安いだろう?』
「なっ。……なぜ、俺がっ」
『いいじゃねぇか! そんぐらい。こちとら独り身でさみしい〜のよ。金もねぇし……。じゃあ
な、もう用事は済んだだろ。もう切るぞ! …ったく、こんな朝っぱらから電話しやがっ
て……』
一方的に言いまくって、最後に聞こえよがしに文句を言うと、千秋は携帯を切った。
プツ、と切れた携帯電話を握りしめながら、直江は今、千秋に言われた言葉を半芻した。
(高耶さんが素直になる暗示だって……?)
それでは、素直になった高耶さんが俺に迫ってきたというのは……。
答えは、考えるまでもなかった。
直江は幸せそうな笑みを浮かべると、高耶の眠っている寝室へと足を向けた。
誰よりも大切なあなたに、「愛してる」と告げるため……。



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