幸せの基準


「んっ…、ふ……」
直江の体の上に乗った高耶が、熱心に唇を求めてくる。うっとりと瞳を閉じ、頬を上気
させ、幾度と無く角度を変えて。いつになく積極的な高耶に驚きながらも、それに応え
るべく直江は高耶の後頭部を引き寄せた。
時折触れる、高耶の頬が冷たい。1月に入って、寒さが一段と増した。入浴で温まった
体も、すぐに冷めてしまう。せめて背中だけは冷えないようにとシーツを引き寄せると、
それに気づいた高耶が顔を上げた。
「なに…?」
口付けを解いた高耶は、酷く艶っぽい。濡れた唇が僅かに動くその様だけで、直江の
胸はドキリとなった。
「背中、寒いと思って」
「んなの…、平気だ」
「でも冷たい」
「…っ」
いきなり大きな手のひらで背中をなぜられて、高耶はピクと首をすくめた。高耶に触れ
ていたお陰で直江の手は冷たくは無かったけれど、いや、冷たくはなかったからこそ
感じてしまったらしかった。
温かな直江の手が心地よいのだろう。慰撫するかのように背中を撫でただけなのに、
高耶は満足そうに吐息をついた。
「気持ちいい? 高耶さん」
目の前にある耳に囁きかけると、高耶はうっすらと瞳を開きながら「ん…」と答えた。
お返しとばかりに直江の髪に指を絡めてくる高耶に、直江は微笑を浮かべた。
「高耶さん、こちらに顔を向けて」
「…え? ―――んっ!?」
頭を起こした所で、いきなり口の中に何かを押し入れられた。驚いて目を開いた高耶
だったが、口の中に広がるよく知った甘酸っぱい味に、目を細めた。
「みかん…?」
「そう。喉が渇いたでしょう?」
「ん…」
「もう一つどうぞ」
そう言って差し出されたみかんに、ゆっくり唇を開く高耶。赤い唇がやわらかくみかん
を食むその様子に、直江はコクリと息を呑んだ。
思った、以上だった。
ふと思いついて予めみかんを用意していた直江だったのだが、まさかここまでだとは
思わなかった。熱にうかされたように瞳を潤ませ、風呂上がりの時のように頬を上気
させ、そしてキスによって赤く濡れた唇で、直江の手ずからみかんを食べる高耶。
時折覗く白い歯がまた、男の動悸を早くさせた。
喉が渇いている高耶にはみかんがとてもおいしく感じられるのか、目を細めながらゆっ
くり咀嚼している。小さく喉が上下するのにも煽られて、直江はこみあげる熱を必死に
押さえなくてはならなかった。
「おいしい? 高耶さん…」
声が掠れるのは、もはや仕方がないことだった。一刻も早く高耶と一つになりたいの
を必死に耐え、直江は高耶の秘部へと指を滑らせた。
「あっ…」
キスだけで高まっていた高耶の体は、ひどく敏感になっていた。触れただけで甘い声を
上げた高耶に微笑んで、直江は指をゆっくり押し進めた。
「んっ…! なおえぇ…っ」
高耶の声に焦りが滲んでいる。そういえばまだ一度も達かせていない。高耶の前は
限界近くまで膨れていたが、直江の上に乗っているせいで先走りの液は全て直江に
すりつける形になっている。よって、未だすべらかのままの秘部に入ってくる直江の指
に、違和感を感じてしまうのだろう。せっかくとろけていた体は強張り、美しい眉は耐え
るように顰められた。いくら行為に慣れたとはいえ、濡らさなければやはり辛い。それが
男だったら尚のことで。
直江は慎重に指でつついてみたが、高耶のそこから強張りは解けそうになかった。久
しぶりの体位に緊張しているのかもしれない。直江は前をいじって強張りを解いてやろ
うかとも思ったが、その時目に入ったオレンジ色の物体に考えを改めた。
(そうだ。これを使って……)
「あっ! なに…ッ?」
突然後ろに感じた濡れた感触に高耶は、声を上げていた。冷たい何かが高耶のそこ
を濡らしたのだ。驚いて顔を上げた高耶だったが、次いで入ってきた柔らかい感触に
ビクッと身をすくめた。
「なに…。なにやって……。あ、ん…」
問い詰めようとした高耶は、今また入ってきた物体に肩を震わせた。それは適度な柔
軟性をもった冷たい何かだった。決して、高耶が知っている直江の指の感触ではない。
直江の指ならもっと長く、一気に奥まで入ってくるからだ。
それでは、これは一体何なのか。
瞬時に、嫌な考えが頭をよぎった。
まさか…、まさか……!
「なおえっ!」
「ん? もっと欲しいの? 高耶さん」
「バ…ッ! お前、何やって…! 取れよっ、早く…!!」
「どうして? おいしいでしょう? コチラも酷く喉が渇いているみたいだったから」
「バ、バカッ!! それとこれとはチガウ…」
「同じですよ。あなただって、嬉しいくせに」
「だれが…っ! んっ…」
今また、それを入れられた高耶が声を詰まらせた。先ほど上の口から食べさせられた
それを。―――そう。高耶の中に入っていたのは、先ほど食べていたみかんの残りだ
ったのだ。どうやら直江は、最初の一粒を潰して濡らしたところに、新たな実を詰め込
んだらしい。あまりのことに口をパクパクさせた高耶だったが、押し込まれたみかんが
変な風にあたってたまらない。今まで感じた事のないような快感にもだえて、高耶は
知らず知らずのうちに腰を振っていた。
「や、だ…って! なおえっ!! アァッ……!」」
嫌だと言っているのに聞いてくれない男は、臀部に伸ばした指で高耶の恥穴を掘った。
その刺激に背をしならせた高耶は、勢い余って高まっていた前の部分をすりあげてし
まう。思わず漏らした大きな声に恥ずかしくて顔を染めた高耶だったが、そうしている
うちにも直江の指は容赦なく体内へと潜りこんでくる。
「んんっ、んんんっ。や、だ…。なおえ、とってく…」
直江以外の何かを入れられるのは初めてではないけれど、だからといってこんなのは
嫌だった。
(この、変態……ッ!)
けれど、悔しい事にいつも以上に感じているのも事実だった。指や男のものとは違う
柔らかい感触が、飢えた肉道には新鮮だった。だからといって変に締め付けて潰すの
は嫌だったので、必然的にそこに神経を集中させなくてはならなかった。それが一層
興奮を煽ると知っていても。
前も後ろもドロドロに溶けてどうにかなりそうだった。早く楽になりたくて直江にすがる
ようにしがみついた。とにかくみかんだけでも取って欲しくて腰を振る高耶だったが、
直江の目から見ればそれは煽っているのと同じだった。
「そんなに腰を振って。いけない人ですね」
「…っ!」
カッと顔を赤らめた高耶に直江は左手でぐっとそこを割り開くと、指をもう一本沿えて
そこに深く突き差した。
「ん! アァ……!」
ツプ…、とヒワイな音を立てて入ってきた直江の指が、中に入っているみかんを押し
上げた。そのままグニャリと潰され、襞に当たった微妙な感覚に甲高い声を上げると、
高耶は男の胸に突っ伏した。
後ろがビクビクと激しくあえいでいる。
直江の指をやわやわと締め付けるその感触に、男は嬉しそうに笑った。
「良かった? 高耶さん…」
「……」
高耶は答えない。
「良くなかったの?」
再度問いかけながら左手で汗に濡れた髪を梳いてやると、顔を真っ赤にした高耶が力
の入らない目で睨みつけた。
「馬鹿、野郎…。も、取れよ……」
「取って、いいんですか?」
「取れって言っている!」
怒鳴られて仕方なく指を差し込んだ直江は、だが、取りだす時に見せた高耶の表情に
また煽られた。
みかんを抜き取りざま高耶を押し倒し足を開かせると、いまだ切なく収縮を繰り返す秘口
に、自分のものを勢い良く押し込んだ。
「アァ……ッ! んっ、やぁ…。なお、待っ……」
達ったばかりの高耶は敏感になっている。そこに強引に入られて息も絶え絶えだ。し
かしそんな高耶を思いやる余裕は、男には残っていない。欲望に突き動かれるまま
に腰を振り、一気に絶頂へと高まる。歯をくいしばった時には、高耶の中へと精液を発
射させていた。
「んっ! あぁ――ッ…」
男が達した事によりようやく圧迫感から解放された高耶は、放心したように体の力を
抜いた。
もう限界だった。急速に眠気が襲ってくる。直江のものを銜えたままだったが、もう
拒絶の言葉も口には出来ない。
今はただ、この心地よい感覚に身を委ねたかった…。




「ん…」
唇に触れた冷たい感触に、高耶の意識が浮上した。
除々に焦点が合う瞳に映ったのは、男の長い指だった。
「な…ぇ?」
「少し、無理をさせたみたいですね。すみません」
今までの激しさはどこにいったのか。そう殊勝に謝った男は、高耶の腫れぼったい唇
に、先ほどのみかんを寄せてきた。嫌悪を催して眉を寄せた高耶だったが、声の出し
過ぎですっかり喉がカラカラになっていた。抵抗はあったものの、高耶は素直にその
みかんを口に迎えいれた。
(あまい…)
「甘いですか? それは良かった」
高耶の心の声が聞こえたように、嬉しそうに微笑む直江。その笑顔につられて頬に
僅かに笑みを乗せると、それを見た直江がより一層笑みを深くした。
(なおえ……)
男の優しい笑みが、高耶は好きだった。そして、情事の後に気遣ってくれる優しさも。
前髪をかき上げられ、額に口付けされた。
夢うつつに目を細めると、男の深い声が降ってきた。
「まだ眠っていて。起こしてあげるから」
その言葉に瞳で微笑んだ高耶は、今一度安らかな眠りについた。


きっと、次に目にするのも、あの優しい男の微笑みに違いない。
そう、思いながら。



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