移ろいゆく季節の中で


直江が実家での仕事を終え、東京にあるマンションに帰ってくる頃には、秋風が吹く
季節になっていた。ついこないだまでの、うだるような暑さが嘘のようである。いつの
間にか、ここ東京ですら夜は涼しい風が吹くようになっていた。
盆行事で、10日ばかり東京から離れていた。その間、マンションの留守は同居人の
高耶が預かっていた。電話で度々連絡は取っていたものの、顔を見るのは久しぶり
だ。高耶の事を考えるだけで、直江の胸の奥がほんわりと暖かくなる。
それに、直江は自分がどれだけ高耶に飢えていたかを思い知らされるのであった。
「ただいま帰りました」
やっと高耶に会える。
その嬉しさから、高耶の返事も待たずにいそいそと上がると、直江はリビングに直行
した。
午後8時。この時間は、高耶がリビングでくつろいでいるのが常だったから。
すぐにでも会いたい直江は、真っ直ぐリビングに向かったのだった。
果たして高耶は、いた。いるにはいたが、ソファの上で丸くなっていた。
「……寝ているのか」
会ってすぐに高耶の声が聞けなかった事に、直江はしょんぼりした。
高耶の事だから、手放しで迎えてくれるとは思っていなかったが、それでも「おかえり」
って言ってもらえると思っていただけにガックリである。
(でもまあ……)
直江はくすりと笑みをこぼした。高耶がとても気持ちよさそうに眠っていたから。
(少し灼けたみたいだな。そういえば、譲さん達と海に行くと言っていたな)
ならば、この日焼けはその時のものなのだろう。
もともと白いとは言えない高耶の肌は、今や健康的な小麦色になっていた。最後に
見た時よりも灼けた肌に新鮮さを感じ、つい微笑みを誘われた。ふと、高耶にキスし
たい衝動がこみ上げてきたが、生憎高耶は背もたれの方に顔を向けている。
仕方なく直江は、高耶の頬に小さなキスを一つ、落とした。
「ただいま、……高耶さん」




自室に入り、持ち帰ったものを整理していると、目が覚めたらしい高耶がひょっこりと
顔を覗かせた。
「あっ、やっぱりいやがる」
「……高耶さん。なんですか、その言い方は」
いやがるって……、もしかして帰ってきて迷惑だったとか。
自分の不在を少しも寂しく思わなかったのだろうかと思って、ずーんと沈む直江に、
高耶は慌てて手を振った。
「あ、チガウチガウ。そんなんじゃねーよ。……その、目ェ覚めたら、お前の<気>
が……」
ああ、そうか。
自分達はふつうの人間ではない。人の体を、命を奪って生き続ける換生者だ。換生と
いう行為は、霊能力が高くないと出来ない行為である。直江と高耶はもちろん霊能力
が高かったし、それだけではない使命を元に生き続ける換生者であった。
故に、ふつうの人間では感じ取れない<気>はもちろん、霊の存在まで見ることが
出来るのだ。
おそらく高耶は、目が覚めた瞬間に直江の<気>をいち早く察知し、そして直江が
目の前にいなかった事を不思議に思って、まっすぐここに来たのだろう。
「なんで起こさなかったんだよ」
高耶の不満を滲ませた声に、直江は顔を上げた。そして、「やっぱり」と思う。
高耶は、自分が目が覚めた時に、直江が傍にいなかった事を不満に思っているの
だ。
なんてわかりやすい、そう思った直江は目だけで笑って、わざと揶揄る言い方をした。
「あんなに気持ち良さそうに眠っていたら、起こせるはずがないでしょう?」
「……ッ!」
寝顔を見やがったな、と非難を込めた目を向けながら、
「何もしなかっただろうな?」
「何もってなんですか」
笑ってとぼけると、高耶がプイと顔を逸らした。
「……何もしてないなら、いい」
(高耶さん……)
直江は立ち上がると、高耶の前に立った。横を向いたままの高耶の背に腕を回し、
軽く引き寄せる。
「なお……っ」
「どうしたの? 私が何もしなかったのが不満?」
「―――バッ!? な、何言って……」
離せよッ、と手で押しやろうとする高耶を押さえ込み、僅かに赤くなっている耳たぶ
を口に含んでやった。
「わっ! なにして……ッ」
「嘘ですよ。本当は眠っているあなたにイタズラをした」
「ええっ!?」
「気がつかなかったの? あんなに悶えたクセに……」
耳元で低く囁いてやると、高耶がビクッと体を揺らしながら、動揺を目に掃いた。
「う、そ……。オレ、全然……」
記憶にない、と顔を上げた高耶に、悪戯っぽく笑いかける。それで騙されたと気づい
た高耶は、思いっ切り直江をグーで殴った。
「いたっ…。ひどいです、高耶さん……」
「うっせぇ! バカ! お、お前なんて知んねぇ!!」
そう言うと、高耶は足音も荒く部屋を出ていってしまった。折角捕まえたと思ったのに、
自ら魚を逃がしてしまった直江である。
「高耶さん……」
帰る早々怒らせてしまったか。
少し調子に乗り過ぎたようだ。
「……本当に馬鹿だな、俺は」
苦笑すると、直江は再び整理を開始した。




高耶は本当に拗ねてしまったようだ。
しばらく経ってから、お土産にと、宇都宮のお菓子を差し出しても見向きもしてくれ
なかった。
そんなに怒ることだっただろうか。ちょっとからかっただけのつもりだったのに……。
やっと高耶に会える、やっと高耶を抱きしめられると思っていただけに、気分は
沈む。元はといえば自分が招いた事態なのだが。
それにしても、
(俺も進歩がないな…)
どうしていつも同じ事を繰り返してしまうのだろう。
あの人を手放しで甘えさせてやれば、こんな喧嘩じみたことにはならないのに。
高耶を見ると、つい手が、口が動いてしまうのだ。
本気で怒らせるつもりは毛頭ない。戯れのような軽いやりとりがしたいだけだ。
けれど、恋愛に奥手な高耶には、そういう「大人の駆け引き」がわからないのだろう。
いつも直江の言うことを真に受けて、一人で怒っている。その反応が可愛いとえば
可愛いが、このままでは誤解も招きかねない。
「もう一度謝るか」
このままでは今夜は独り寝だ。折角高耶に会えたというのに、それでは寂しすぎた。
それになにより、高耶に口を聞いてもらえないのが悲しい。
よし、と立ち上がったところで、部屋の前にただずむ高耶に気がついた。いつから
いたのだろうか。考えに没頭していたせいか、気がつかなかった。
「高耶さん。いつからそこに……」
目が合うと高耶はパッと目を逸らした。それがまだ怒っているんだぞ、と言っている
ようで直江は苦笑した。
「高耶さん、こちらにいらっしゃい」
優しく呼んでみたが、高耶は動こうとしない。直江は小さく息をつくと、自分の方から
高耶に寄っていった。
「高耶さん、まだ怒っているの?」
高耶は口を開かない。
むう、と唇を尖らせたまま、あさっての方を見ている。
「お菓子は食べましたか? 兄さんがあなたにと持たせてくれたんですよ」
「え? 兄さんって、照弘さんが?」
「ええ。あなたも連れてくれば良かったのに、と散々駄々をこねられました」
「まさか」
あり得ない、と、笑う高耶に、直江はキッパリ否定してやった。
「それがそのまさかなんですよ。本気で兄さんは、あなたの事が気に入っているよう
なんです。全く、親子ぐらい歳が離れているくせに何を考えているんだか」
そう言ってぶちぶちと文句を言っていると、高耶がフッと笑った。
「高耶さん?」
「あ、いや……。十分、楽しんできたみたいだなって」
「え?」
「お前、しばらく家に帰ってなかっただろ。みんな、寂しい思いをしてたんだろうなって」
「そんな事は……」
「ないとは言わせないぞ。それにお前も、なんか、サッパリした顔してる」
「え?」
「やっぱ違うんだろうなぁ。家族の絆ってスゴイよな」
「高耶さん?」
「帰れる場所があるのって、いいよ」
「何言ってるんですか。高耶さんにだって帰れる場所は……」
「オレの帰れる場所は」
そう言って目を伏せて笑う高耶に、直江の胸が締め付けられた。
「高耶さん? どうしたの? 本当に」
直江が留守にしていた間に、何かあったのだろうか。いつになく覇気のない高耶
に、直江は心配になった。
「別になんにもねーよ。ただ、ちょっといろいろ考えてみただけ」
その「いろいろ」とはなんなのだろうか。自分には教えてくれないのだろうか。
続きを促すかのように名を呼んでみたが、高耶は口を開いてはくれなかった。その
代わり、誘うような眼差しが直江に当てられた。
「……」
「風呂、入るんだろ?」
「!」
一緒に……。
その言葉は、直江が吸い取った。




一糸まとわない高耶の肌は、一部分を抜かしてすっかり日に灼けていた。
はじめにサッと汗を洗い流し、二人はバスルームで抱き合った。
覚えているよりも黒い肌の上を、直江は好き勝手に手を滑らせる。 
「んっ」
首筋に吸い付くと、高耶がピクンと体を揺らした。背を撫でていた手を前に延ばすと、
高耶の小さな粒が立ち上がっていた。
親指と人差し指で赤い粒を摘んでやると、高耶がピクと体を震わせた。
「……っ」
「痛かった?」
気づいて問いかけたが、高耶は唇を噛みしめるだけで何も言わなかった。
直江は高耶を壁際に追いつめると、顎を掴んで上向かせた。
高耶の切れ長の目が直江を射抜く。その瞳を見つめたまま、唇を合わせた。
「ふ……」
強く舌を吸ってやると、高耶が切なげに瞳を揺らす。
普段からは考えられない、扇情的なカオだ。
直江はそこから唇を離すと、徐々に下へと唇を滑らせた。
「あぁ……」
先ほど弄ってやった乳首は、はち切れそうに立っていた。直江は舌を伸ばすと、
先端でもって転がしてやった。濡れた感触と、与えられる刺激がたまらないらしい。
高耶は息を荒くしながら、直江の肩を掴んだ。
「や、も……」
高耶の爪が、弱々しく直江の肌を掻く。綺麗に切り揃えられた爪は、直江の肌を
傷つけないためか。男にしては無精しない高耶に、直江はつい期待してしまう。
ふと、下腹部に堅いものが当たった。
見れば、高耶の雄が勃起していた。
直江はくす、と笑うと、その場に膝をついた。
「高耶さん。もうこんなにして……」
「……言うなッ」
わざとソレの目の前で言ってやると、高耶がカッと顔を赤らめて怒鳴った。いやらしい
ことを言われて感じたのか、ソレがピクと小さく震える。
「この10日間、どうしてたの? 一人でやってたの?」
「……誰がッ!?」
悲鳴のような声に、直江は眉を下げる。
「冗談ですよ。あなたはそんな事、したりしない」
「なお……」
「黙って」
じゅぷ…、と口に含んでやる。敏感なトコロを攻められた高耶が、「くうっ」と天を仰いだ。
バスルームに満ちる、荒い息づかい。卑猥な音。
弱々しい抵抗をねじ伏せ、直江は高耶を高みへと上らせる。苦しいものを吐き出させる
が如く。
高耶は息を弾ませながら、高耶の口淫を受けた。時折イきそうになるのか、直江の髪
を力任せに引っ張る。それに僅かに顔を顰めたものの、直江は何も言わなかった。

感極まった高耶が最後に叫んだのは、何だったのか。
ずる、とその場に崩れる高耶を抱き上げ、未だ荒い息を吐く唇を塞いだ。
「寝室に行きましょう」



高耶を俯せにし、腰だけを持ち上げると、察した高耶が不満の声を上げた。
「今日は……」
暗にバックは嫌だと言われ、高耶を仰向けにした。
「これでいい?」
「直江……」
どこか常とは違う高耶を気遣い、直江は優しいキスを贈る。
高耶の腕が、直江の首に回った。
「……やく」
夜気に溶けそうな声だった。
直江はサイドテーブルからローションを取り出すと、高耶の秘口に塗り込めた。
「あ、……あぁ!」
「少しだけ我慢して」
直江は指を増やして、高耶の恥穴を掘った。彼が異物に慣れるまで。
高耶は後ろに出し入れされる指に、初めこそ不快を示していたが、慣れた体が直江の
指に馴染むのにそんなに時間はかからなかった。
ぐちゅ、ぐちゅ……。
卑猥な音が羞恥を煽る。ゴツゴツと節ばった太い指が高耶の襞を擦る。高耶は言い様
のない快感を感じているのか、荒い息を吐きながらシーツを掻きむしった。
「ふ、う……」
高耶の表情が恍惚を帯び始めると、下の入り口がヒクヒクと収縮をし始めた。
直江はローションを滴らせながら指を抜くと、高耶の痴態だけで大きくなったものをソコ
に宛った。
「高耶さん、愛してる」
ゆっくりと楔を埋め込み、高耶を喘がせる。
いつしかこぼれた高耶の涙は、汗に湿ったシーツに消えた。


二度達した高耶は、吸い込まれるように眠りについた。
濡らしてきたタオルで体を拭い、シーツをかけてやる。高耶の眠りは深いのか、身動ぎ
ひとつしなかった。
眠る高耶を見つめながら、直江は先ほどの高耶の言葉を思い出していた。

―――オレの帰れる場所は……。

その後、何を言おうとしていたの? あなたは。

―――オレの帰れる場所は。

ひたむきな眼差しが思い出される。
その瞳の奥には、高耶の真意が隠されていた。
「馬鹿ですね、あなたは。そんな事とっくに、―――知ってる」
直江は屈み込むと、高耶の薄く開いた唇にキスをした。
高耶の唇は、先ほどまでの行為の名残か、少し熱っぽかった。


薄く開いたカーテンの隙間から、淡い月の光が射しこんだ。
生まれたての朝日のようなそれは、ふたりを優しく包み込む。
神聖な儀式のように、口づけはいつまでも続いた。



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